僕はナスが苦手だ。
あの色、食感、匂い、どんな料理にしてもダメだ。
ナス農家のあの子には悪いが本当に苦手だ。
近くにあるだけでダメだ。
ほかの食材と調理すれば、それはもう手をつける事は出来ない。
ナス農家のあの子はめちゃくちゃにナスを愛している。
というかこの世界のちょうど半分くらいの人はナスをこよなく愛している。
この世界の半分くらいの人がナスを作っていて、
その国や地域にそれぞれナスのキャラクターがいる。
色はほぼムラサキだから微妙な色の濃淡と、大体形とか、あと喋り方とか特技とかで個性を出している。
僕はとにかくナスを見るだけで食欲が失せてしまうのでそこから極力離れる。
ただ、俺はあの子がものすごく好きだ。
ナスの嫌いなレベルとあの子が好きなレベルで正弦波ができるくらいあの子が好きだ。
ただきっと、あの子は俺のナスの嫌いなレベルで正弦波が出来るくらいナスが好きだ。
俺はあの子と離れたくない。
だからナスが苦手だという話はナス苦手同盟間で隠語を用いてでしかしない。
君の前ではせめて、ナスが苦手だとかどうとかいう世界の唯一の枠外の人間だというていで近付く。
ただ本当にダメだから、食事をする時にはナスの入っているところはダメだ。
しかしそこが問題。
デートとはまず大体食事に行く。そして次にナスハイランドパークに行く。
これは本当にダメだ。諦めるしかないのか。
するとあの子の方から食事に誘われた。
嬉しい!だがやってしまった。
あちらはもうナスのある食事前提で物事を進めてしまっている。
新しく出来たナスのビュッフェで秋茄子をお腹いっぱい焼き合うプランで世界一可愛い顔をしている。
ツライ。
当日。
目の前にナスが無限に運ばれる。
ナスに負けないくらい紫になっていく唇が震える。
どうしたの?とあの子が聞く。
答えようと口を開けた途端に
僕は思いっきり吐いた。
俺、本当はナス、大嫌いなんだ。
終わった。完全に終わった。
一緒に隠していた言葉も油断して外に出た。
写真を撮られている。
汚物以上に汚い汚物として1分後にはSNSで拡散されて世界の半分から罵詈雑言を受けるだろう。
あの子はただただ泣いていた。
僕だって何かを嫌う事はよくないとわかっている。
でも僕はナスを愛している君の事は愛している。
それでもきっと君はナスを嫌う僕の事を愛してはくれない。
僕はレイシストだ。
食事を分け隔てなく愛す事が出来ないレイシストだ。
ナス農家の方々が、どれだけの愛情を持って、どれだけの労力をかけているかは知っているつもりだ。
君に好かれたいと、何度も努力もした。
それでも、ダメなものはダメだったが、
それでも、ダメなものはダメだった。
僕はナスが大嫌いで
彼らが嫌いなのは僕なのだ。
なんとかしなくちゃ。
僕は慌てて、皿に乗ったきゅうりを指差して
こ、このナスなら大好きで食べられるよ!と笑って叫んだ。